COMPANY 会社案内
ごあいさつ
木材、建材の製造販売や工事を通じて住宅建設や社会インフラに協力しています
戦後、日本経済の再興に欠かせなかった石炭の採掘用に坑木として木材の納入を開始し、その後紙の原料としてのパルプ材の納入、そして公共工事のトンネルや橋梁、ビル、地下鉄などへの納入など木材によって多少なりとも九州、沖縄地区の経済発展の一翼を担って来れたことに感謝し、これからも地域に貢献できるよう努力して参ります
株式会社八坂木材
代表取締役 八坂直樹
会社概要
商号 |
株式会社八坂木材 |
代表者 | 代表取締役 八坂 直樹 |
所在地 |
【本社】 【福岡営業所】 【沖縄営業所】 |
資本金 | 10,000千円 |
創業 | 昭和22年4月 |
設立 | 昭和46年4月 |
事業内容 | 木材の製造及び販売・土木工事業、建築工事業・ セメント、石灰等販売・産業廃棄物収集運搬業 |
決算期 | 3月 |
八坂木材の歩み
戦後、創業者八坂藤雄は予科練の上官が大町の炭鉱にいることを知り訪ねたところ山の丸太を伐り坑木になることで炭鉱の納材をしたことが弊社の始まりとなりました。当時は戦後復興に欠かせない産業として炭鉱が盛んで、持っていった代金で山林を買い社業を拡大していきました。
炭鉱の次に国内の紙の需要が出てきて原料の木製チップが納入の主要な部分を占めるようになりました。この頃までは内地材が主流で北部九州の山林を買って山土場に寝泊まりしながら伐採作業をしていたそうです。
坑木、チップとそれぞれ10年サイクルでピークが過ぎ、次に来る主要な商品を探していました。そしてその頃からインフラの整備が盛んになり国内の建設需要が高まりました。公共の建物が大型化したり、道路の整備が急がれたりする中、トンネルの作業に木材が大量に使われるようになりました。
トンネルには掘削してH鋼の支保工を立てます。そこで掘削面が崩れないように矢板を掛けて最後にコンクリートを打ち道路などのアーチ状のトンネルが完成します。この矢板のほかにもレールに敷く枕木、支保工の間隔を作る経ぎ丸太、矢板のぐら付きを抑えるキャンバーなど大量の木材を使用します。
この頃から輸入木材を利用するようになりました。米国、カナダ、ニュージーランド、東南アジア、ロシアなどあらゆるところから安価で大量に入ってくるようになりました。
この当時は受注に追われ朝は6時位から夜は10時位まで土日も仕事に追われていました。休みは盆と正月だけだったと思います。
産業のピークは常に移り変わります。あれ程忙しかったトンネルの木材も工法の変化で木材を使用しなくなりました。
次に主要な商品になったのは型枠用の合板を仕入れて販売するようになりました。コンクリートの橋やビルが出来る時に出来上がった時は撤去する仮設の合板です。東南アジアから製品として入ってくるようになり当初高かった国内合板はかなり安くなりました。しかし今は成木になるまで数十年かかる天然木を無尽蔵に使うことは出来なくなってきました。再生可能な資源として国内の植林木を使うようになり使用する工務店様も随分意識が変わってきました。
現在、大型建築は鉄骨造りが主流になりつつ有り、住宅は乾燥材を使った機械加工が主流となっています。
時代に合わせて産業は移り変わり仕事も変化していきます。
わが社も時代に合った製品造りを模索しながら頑張っていきたいと思います。